2011年01月13日

へんろ あとがき

会社をリストラされて遍路に出た時の思い出を書いて見た。その後再就職も出来て今はそれなりの生活である。遍路をしたからといって何がどうしたということもない。遍路の体験を自慢するくらいである。ただ、せっかくの体験なので書いて残そうと思いブログにした。人に遍路のことを聞かれたら、おこがましいと思いつつ、暇と金があれば遍路をして見るのもいいだろう、しかし、遍路は呼ばれるものだからやりたいから出来るとは限らない、と答えている。最後まで巡礼出来たのは運が良かったと思う。実際、理由は別にして途中で巡礼を止めた遍路にも出会った。確かに歩いたのは自分の足。しかし歩かせてくれたのはお杖であり、お接待であり、インフラであり、多くの人の善意である。道には呼ばれるのである。同行ニ人。良く言ったものである。道を歩く旅は終っても、同行ニ人の遍路は続く。今も楽な道を行こうとするたび、「山道を行け」と言われた遍路の旅が続いている気がする。これからも、山道を嫌がらず自分の足で歩けば、迷っても間違っても何とかなるだろう。88ヶ所が回れたのだから。

これでこのブログは終わりです。
これからへんろに出る人に参考になる部分もあると思います。
ぜひ、一度巡礼してください。
起こることが全部、後からいい思い出になります。
はたして、何に出会えるでしょうか。

AND個人としては、「へんろをしたこと」がなによりでした。

実は歩いている間考えていることといったら、ほとんどは「次の札所はどこか」「あとどれだけ歩けばいいか」「宿まであとどれくらいか」というようなこと
ばかりで、本来の目的である「なぜ、リストラされたのか」とか「人生とは何か」
「今後どうすべきか」というようなことはまったく考えることができませんでした。

サラリーマンをやめて、いきなりへんろに出ましたから、歩くこと自体が過酷な
ことで、体のつらさゆえ、難しいことは考えられなかったというのが正直な
ところです。

それでよかったのだと思います。

また、歩くことにこだわらなくてもいいと思います。
スポーツではありませんから、まずは満願目指して巡礼すること。

絶対に無理はしないこと。
お接待の車など、実際のところそう簡単には出会えません。

本当に疲れていて、親切な人が乗せてくれるのであれば、
こだわらずに乗ればいいと思います。

それが残念であれば、もう一度機会を作って、歩きなおしをしてもいい。

歩きへんろに出会ったときに、歩かない部分があると
そのことを非難する人もいると思いますが、
へんろは人それぞれ。
100人いれば100通りあるわけですから。

途中でやめてしまうなんてもったいない。

もしも、歩けなければ、自転車に乗っても、バスに乗っても、
電車に乗っても、車に乗っても、とにかく最後まで満願まで
頑張ってください。

一度でだめなら、2回に分けて。それでもだめなら、残ったところを
3回目に。八十八箇所は逃げも隠れもしません。

いつでも、いつまでも待っていてくれます。
あなたを受け入れてくれます。

★なお、もう一度はじめから読みたい場合は、
 左の「へんろ はじめから読む」の「初日」の部分をクリックして順番に次の記事をクリックしてください。

ANDは自分の思い出なのに、時々読み返しては
ひとごとのように笑っています、クスクスと。

それではまた、いつかどこかで。

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2009年01月13日

へんろ 高野山 5

満願の後切幡寺に出て再び越久田屋に泊まる。大将に遍路の思い出を話す。翌日は霊山寺。お接待の車にも乗ったが、800〜1000キロ歩いた。歩き遍路を始めた時、記帳したノートに満願の記帳。記念に数珠を貰う。四国最後のお参りをしてばんどう駅へ。徳島駅から高速バスに乗り実家に帰る。
高野山。真言宗の総本山。遍路最後の寺。実家から電車、ロープウェイ、バスを乗りつぐ。あんなに歩いた遍路の最後は部乗り物。高野山に着く。広い境内。ゆっくり歩き本堂にお参り。納経所で印を貰う。「良く参られました」と言われる。「まだ一回目ですから」と答える。「普通の人は一回も回りませんよ」と言われて、「ああそうか」と思う。歩き遍路は終わる。もう春である。

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へんろ 満願 5

結局遍路に呼ばれたと思う。なぜか楽は出来ない。それで良かったと思う。ながお路を出て大窪寺へ。途中、おばさんに会う。事故にあった遍路の慰霊碑が出来ると言う。歩きながらこれまでの思い出を話す。慰霊碑の前で別れる。慰霊碑は分かれ道。そこにいる人にどちらに行くかを尋ねられる。宮崎氏だという。なんとへんろみち保存協力会の会長。この地図にどれだけお世話になったことか。山道は歩けないと聞いているので車道を行くつもりと答える。宮崎氏は「僕が直した。」という。呼ばれた。空は快晴。道は直っている。目の前にはへんろみち保存協力会の会長。行くしかない。「直っているのなら山道を」と答え、山道を目指す。最後の山道。お杖を突刺し、岩場に生える低い木の枝にすがりながら山を越える。大窪寺。88番を打つ。その日は「八十窪」に泊まる。赤飯で満願を祝う。まずは一回。遍路の終わり。次はいつかは分らない。多分これが最初で最後。目的は達成。やはり淋しい。また現実に戻る。その日は満願を思いながら寝る。

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へんろ もうすぐ満願 3

一宮寺を出る。高松の町中を歩く。「ひろせ旅館」に泊まる。翌日84番屋島寺。ロープウェイで行こうとしたが、廃線になっている。元々利用者が少なく、きれいな階段が出来て廃線になったのだろう。地元の人の散歩道のようでジャージで登る人がいる。屋島寺を打つ。85番八栗寺に向う。分りにくい山道の入口を見つける。下る。最後の階段で尻餅をつく。気を付けよう。八栗寺はロープウェイがある。しかし距離が短そう。歩く。八栗寺を打ち、86番志度寺に向う。「ながお路」に予約。志度寺を打つ。お参りに来た地元のおばさんに会う。昔歩いて回ったという。87番長尾寺に向う。ながお路は寺のすぐそば。長尾寺を打ち、宿に入る。本当にあと1日。宿で88番大窪寺の道を聞く。山道と車道がある。山道は台風で通れないだろうとのこと。楽な道を行くつもりでその日は寝る。

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2009年01月12日

へんろ 禅喝破道場 2

「遍路って何や」のショックを引きずり白峯寺に向う。長い階段を登る。階段の途中で休む。また登る。山門からが長い。階段が多い。白峯寺を打つ。82番根香寺へは山道。ハイキングコース。ここだけを歩くならそうだろう。疲れた遍路には山道の遍路道。ただしハイキングコースなので分りやすい。なぜか軍の設備跡が見える。根香寺を打つ。その日は山を下らず「禅喝破道場」に泊まる。何かの研修をしているようである。夜は寒い。あまりに寒く眠れない。ほとんど寝ずに朝。朝食の時、宿代を払おうとすると、責任者がいないので金額が分らないという。研修ならば一日5000円というので5000円払う。あと3日で満願だろうとのこと。山道を降りて83番一宮寺を打つ。しばらく町。


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へんろ AND プロフィール
仏像 弘法大師 空海【仏像の天竺堂 仏教美術 中】

静かな生活が理想。
必要なものは
必要な時に
必要なだけ
やってくると思っている。
●写真は弘法大師像
へんろ トラベル
へんろ 装備


札所で買える。
写真をクリック。
必要なものを確認。
へんろ ボルダースポーツ  (旧ディクトン)

普通の札所にはない。
へんろの前に準備。
通し打ちで4本程度。
朝晩、贅沢に塗込む。
写真クリックで確認。




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